諸外国の在宅ケアスタッフの暴力予防ガイドライン・指針の文献から現場に有用な内容を紹介します。ここでは訪問看護師に限定せず、在宅ケアに携わるスタッフすべてを対象としています。
在宅ケアスタッフの暴力予防のためのベストプラクティス
【訪問時の暴力予防対策】
A. 利用者宅に訪問する前
- ・利用者宅へ訪問する前に利用者宅周辺の警察署の場所を把握する
- ・利用者宅の建物内では共用の通路を使用する
- ・利用者宅に入る前には必ずドアをノックする
B. 利用者宅での確認事項
- ・利用者宅の環境を確認する
- ・出口を確認し、出口までの通路を開け、ドアを開けておく
- ・不審なものはないかを確認し、周囲に注意を払う
- ・家族の身振りなどに注意する
- ・キッチン、寝室、地下などのハイリスクな場所以外で支援を行うことが望ましいが、その際には泥棒というクレームの可能性を避ける
C. 利用者への対応方法
~スタッフの行動のポイント~
- ・緊張している場合は深呼吸をし、落ち着いて対応する
- ・周りに目を配り、目線は利用者と継続的に視線を合わせ、相手が見ることができるように顔を合わせる
- ・手は利用者に見えるようにし、腕を組まず、指を差さない
- ・立つ位置は利用者から腕の長さよりも少し遠くに立ち、利用者にむやみに触らない
- ・相手に合わせて立ったり座ったりし、突然動かない
~スタッフの会話時のポイント~
- ・正直に、自信を持って正確な情報を話し、具体的で明確な用語を使用する<
- ・専門家として、非難や言い訳をしない
- ・可能であれば、利用者が使用する言葉を使用し、利用者のペースに合わせる
- ・必要に応じて繰り返して話し、命令はしない
- ・論争や挑戦を避け、批判的、懲罰的、脅迫的、告発的な発言を避ける
- ・質問時はオープンクエスチョンを使用し、どのような手伝いができるかを尋ねる
- ・相手が何を言うのかを慎重に聞く
- ・家族や隣人の長い会話に参加せず、家庭内の問題に立ち入らない
- ・利用者を名字で呼ぶ
D. 利用者が興奮状態となった場合
- ・家に入る前に不安を感じたら家に入らない、もしくは短時間で切り上げて離れる
- ・深刻な状況の場合は、携帯電話を使用し管理者や警察にかける
- ・2人以上で訪問している場合は、他のスタッフから見える静かな場所へ移動する
- ・相手が大声で叫んでいる時はより穏やかに話し、コミュニケーションを維持し、利用者が議論をしようとしたら、静かに答える
- ・武器が見えたらすぐに離れる
- ・暴力の状況を記録し、評価する
- ・何より自分の判断を信じる
【利用者の暴力の予兆】
- ・表情では顔面の紅潮と血管の怒張
- ・話し方は大声、脅し口調、きつい口調
- ・行動としては頑固な状態、脅し、拳を握る、貧乏ゆすり
- ・その他に感情的に苛立っている場合、妄想的考えや敵意、不安、疑念
【スタッフの仕事着】
- ・訪問スタッフであることがはっきりと書かれている名札やユニフォームを着用する
- ・動きが制限される服装ではなく、政治的・宗教的な物や、宝石、アクセサリーを身に付けない
- ・常識的な靴を履く
- ・財布は持ち歩かず、最低限の身分証とお金のみにする。
【車での注意事項】
日本の治安状況とは合わないこともあるが、在宅ケアスタッフは訪問時に車を使用することが多いため、参考になると考えられる。
A. 車に乗る前
- ・常に車を点検し、車の周囲、前後のシートを確認する
- ・車には十分に給油をしておく
- ・冬はブランケット、夏は魔法瓶に入れた冷たい水を車に保管する
- ・雪を取り除くための小さなスコップや非常用のお菓子や塩を車に保管しておく
- ・訪問後、利用者宅を出る時は、車の鍵を既に手に持って出て、すぐに乗れるようにする
- ・会社名やロゴのある車両を使用しない
B. 運転時
- ・運転中および駐車中はドアをロックし、可能な限り窓も閉めておく
- ・シートベルトを使用し、食べながらまるいは飲みながらの運転をしない
- ・訪問先へのルートを把握し、正確な行き方で明るい道を選ぶ
- ・車から出る前に周囲の安全を確かめ、貴重品はトランクに入れ、訪問鞄を準備し、片手は空けておく。不穏な感じがした時は、助けを求め、車を降りない
- ・車でトラブルが発生した場合は、非常灯を点滅させ、警察を呼びその場で待ち、知らない人の車には乗らない
C. 駐車時
- ・十分に明るく(特に夕方の訪問)、障害物に囲まれていない区域で、かつアクセスのよい場所に駐車する
- ・利用者宅が見える場所に車を止める
- ・灌木、トラック、キャンピングカー、バンの近くに駐車しない
- ・必要時、利用者に車まで護衛するように依頼する
- ・事務所の駐車場にセキュリティ照明を設置する
事業所の管理者のための暴力対策
A. ゼロ・トレランス・ポリシーのように小さな暴力でもスタッフから報告できるような体制を作る
スタッフが暴力を暴力として認識し、スタッフの暴力の感受性を高め、どのような暴力でも報告できるようにすることが重要である。またスタッフに暴力を報告させることで、どのような状況で、どのような暴力が多いかなどを明らかにする。
B. 暴力予防のためのリソースを準備する
他のスタッフと連絡が取れる携帯電話のほか、その場で危険を感じた場合に危険を周りに知らせる防犯ブザー、唐辛子スプレーのような護身用アイテムを必要に応じて準備する
C. 暴力予防のトレーニングをおこなう
在宅ケアスタッフは潜在的に危険な状況を特定する方法を知っておく必要があり、暴力的な環境をコントロールする方法を習得する必要がある。トレーニングは入職直後と年1回実施することが望ましいと報告している論文が多く、スタッフミーティングの中にも入れていく必要がある。トレーニングの内容には講義、ディスカッション、ケーススタディ、ロールプレイ、ビデオを組合せることを推奨していた。具体的なトレーニングの内容として以下のものが挙げられていた。さらに暴力報告書などで収集したその事業所で起こりやすい暴力や事業所で可能な対策をアレンジしていくことが望ましい。
日本に導入された暴力予防のトレーニングにはNCI(Nonviolent Crisis Intervention:非暴力的危機介入)や暴力のKYTを活用したもの、CVPPP(Comprehensive Violence Prevention & Protection Programme:包括的暴力防止プログラム)などがある。暴力のKYTはK(危険)、Y(予知)、T(訓練:トレーニング)を意味し、労働災害防止のために考案され、改良を重ねてきた手法である。武らが作成した訪問看護師のための暴力のKYT場面集を活用し、利用者宅で暴力の発生を予測し、その状況に応じた対策を講じることができるようにトレーニングすることも有用である。
先行研究で挙げられていた暴力予防プログラム内容
- ・事業所の暴力安全指針
- ・暴力のリスク要因
- ・暴力の可能性がある家族への対応
- ・言語的ディエスカレーション技術
- ・暴力の管理
- ・労働環境と周囲の安全性
- ・暴言の認識方法
- ・違法薬物の認識方法
- ・暴力の徴候・言動の評価
- ・暴力予測因子
- ・暴力の振るう利用者・家族の特徴
- ・攻撃的行動に繋がる言語的手段
- ・攻撃的行動を避ける体の使い方、自己防衛
D. 暴力の危険性が高いときは2人以上で訪問する
訪問時間、訪問場所、患者の健康問題、暴力既往の有無や暴力の可能性に関して、スタッフが不安を感じた時にスタッフ2人での訪問を可能にする必要がある。スタッフ2人での訪問が難しい場合、セキュリティーサービスの利用や警察官の同行を推奨していた。日本ではセキュリティーサービスの利用や警察官の同行の実現は難しいと考えられるが、今後は日本でも暴力の危険が高い場合、複数名での訪問が進むことが望まれる。
E. 管理者やその他スタッフと予定を共有し、連絡体制を整える
複数名訪問が難しい場合には、スタッフの訪問場所や時間を共有し、管理者や他のスタッフと連絡が取れる体制を整えることが重要である。主に以下のことが推奨されていた。
- ・スタッフの訪問スケジュール(時間・場所など)を把握し、スタッフがいつ事務所に戻るかを把握しておく
- ・訪問するスタッフはガイドラインに沿った行動をとり、スタッフ間で利用者の情報交換をしておく
- ・各訪問前後に管理者に報告をする
- ・管理者は予定訪問終了時間に連絡がない場合や、スケジュール通りに戻らない場合は、警察や警備員などに連絡をして対応を依頼する
引用文献
矢山壮、川﨑絵梨香、的場圭、三木明子. 在宅ケアスタッフを守るための諸外国での暴力対策. 地域連携 入退院と在宅支援(2018). 11(5): 104-111.
作成者:矢山壮(研究協力者)